暮らしと旅と、私の記録。

旅行に行った場所とか、家のことについてなどなど。道産子サラリーウーマンがお届けする素晴らしき日常

【インタビュー記事39】吃音症と共に生き、前を向いて歩いてきた青年が伝えたいこと

本日ご紹介するのは大阪出身で、大学から単身北海道へ渡ったけんごさん。

 

これまで北海道との縁といえば、高校の修学旅行で訪れたことくらいだったと言いますが、もともと動物が好きだったけんごさんは、その道を学ぶべく北海道の大学を選んだのでした。

 

いざ北海道に住み始めてみると、そこで生活する人々に惚れ込んでいったそう。大阪から移住してきたけんごさんにとって、北海道で暮らす人たちは「のほほんとした雰囲気」と表現していました。

 

f:id:s2-acvso-s2:20190125223407j:plain

 

しかしもちろん冬の生活は大変。

とは言え移住してきた1年目の冬は、降りしきる雪を見て思わずはしゃいでしまったそう。そんな姿を生粋の道産子の友人たちからは面白がられたくらいなんだとか。

 

 

こうして4年間北海道の大学で学びたかったことを学び、大学を卒業。

その後、地元に戻るわけでもなくそのまま北海道に定住を果たしました。

 

 

幼い頃から抱えていた大きすぎる悩み

f:id:s2-acvso-s2:20181222221412j:plain

 

さて、けんごさんにはずっと昔から抱えていることがありました。

それは「吃音症」ということ。

 

これは、言葉を発しようとした時に思うように言葉が出てこなかったり、連続して同じ言葉を言ってしまうなどの症状が見られます。

 

 

そんな自分の、まわりとは違う症状に気がついたのは小学生の頃。

 

言葉を連発してしまう時が続き「なんで自分だけ…」と自分を責めることもあったそう。

 

 

そんな小学校1年生のある日、先生に紹介されて参加した「吃音サマーキャンプ」。

 

これは、吃音の悩みについて語り合い、また、吃音症の人々が一緒に演劇に挑戦してみるというものでした。

 

 

今までは「自分だけ」が吃音で、うまく話せない時間を過ごしてばかりいたけれど、この日ばかりは「みんなが」自分と同じだったのです。

 

 

それは彼に勇気を与えました。

 

f:id:s2-acvso-s2:20190203182552j:plain

 

 

「ここに参加していた人はみんな年齢もバラバラだったんですが、吃音症でも働いている人はたくさんいるんだってことを知りました」

 

こうして、「吃音症を治そう」を思うのではなく「吃音症と共にうまく生きよう」と考えを変えることができたのです。

 

「吃音症だから、逆に覚えてもらうこともある。それで名前を覚えてもらえたらプラスかなと思うくらいです」と今では本当に前向きに吃音症と生きているのがわかります。

 

この時のサマーキャンプは間違いなく、彼にとてつもない衝撃と良い経験をさせてくれたのでした。

 

 

吃音症と共に生きること

 

それからというものの、けんごさんは野球部に入り大活躍。

ただ、やはりここでも吃音の壁にはぶつかりました。

 

f:id:s2-acvso-s2:20190118125541j:plain

 

「中学の時のクラブチームは、試合の前に必ず選手の審査ということで自分の名前と生年月日を言わなきゃいけなかったんです。簡単なことなんですが、自分は名前が言えないんです。出てこないんですよね」

 

 

そんな時も支えてくれたのはまわりでした。

 

監督が「背番号26番の子は…」と事情を説明し、審査の前に必ずサポートしてくれました。野球部の仲間たちにも、バカにしてくる人はいませんでした。

 

 

まわりに支えられた野球人生は、高校、大学と続き、大学ではキャプテンを任されるほどに。

 

順風満帆?と思われるかもしれませんが、キャプテンになっても追いかけてくる吃音の悩み。

 

 

「キャプテンが『ありがとうございました!』って言って、それにみんな後に続くんですけど、これも難しくて。この時、まわりに吃音だってことは隠しているわけではないけれど、変に気を使われるのも嫌だなって思っていたんです」

 

f:id:s2-acvso-s2:20190118125425j:plain

 

そう、大学の野球部メンバーには、吃音だということは誰にも伝えていなかったのです。それでもなんとかうまく乗り切ってきたからこそ、キャプテンという責任のあるポジションも任されたのだと思いますが、その反面「これは素の自分ではない」とモヤモヤの闇が心を覆うこともありました。

 

 

野球の現場だけではありません。

大学を卒業後、けんごさんは一般企業へと就職し、現在新入社員として日々社会人としての仕事を覚えていっているところ。

 

しかしそこで壁となるのは、新人研修の場です。

 

f:id:s2-acvso-s2:20190219220138j:plain

 

「電話対応や、名刺交換、決まった行動がどうしても苦手なんです」と苦労をしている様子。 

 

隠しているわけではないけれど、無理はしてはいけない。

けんごさんは、先輩に自分が吃音症であるということを打ち明けたそうです。

 

 

社会人としての生活は始まったばかりですが、けんごさんは「吃音だけど、働けるんだよってことをアピールしたい」と話します。

 

それはかつで、小学校1年生の時にけんごさんが勇気をもらったときのように、今度は自分が誰かの勇気を与える立場に立ちたいという熱い想いから。

 

 

同じ悩みを抱えている人たちへ

 

f:id:s2-acvso-s2:20190207230143j:plain

 

だからこそ、けんごさんは今同じ悩みの人へ伝えたいことがある。

 

「吃音症の本人からしたら『打ち明けたらどう見られるんだろう』って不安があると思うんです」

 

けんごさんは自分の体験談を元にこう話します。

 

「まだまわりに隠している時に、うまく言葉が出てこなくて自分の中では 20秒くらい止まってしまったかなって思うことがあるんです。でも、まわりからしたらそんなに時間は経っていないようなんですね。卒論発表の時なんて緊張しまくりで、きっと止まっていた時間も多かったと思うんですが、終わったあとに友達に『どうだった?』って恐る恐る聞いてみたら『間があって聞きやすかったよ』って言ってくれました」

 

自分が思っているほど、自分が気にしているほど、案外まわりはそこまで気にしていないもの。

 

けんごさんは「まわりが察してあげる環境も必要」と言葉を続けます。

それはやはり、自分から打ち明ける怖さを知っているからこそ。

 

 

 

今でこそよく聞くようになった「吃音症」

しかしその実態を理解している人たちはきっとまだまだ少ないことでしょう。

 

 

話している人の声に耳を傾ける。

真剣に話を聞いてあげる。

 

 

当たり前のことが、悩んでいる誰かの心を救ってくれるのかもしれない。

 

f:id:s2-acvso-s2:20190129205643j:plain

 

 

もし今、かつてのけんごさんと同じように悩みを抱えている人がいるのなら、少し安心してほしい。こうして吃音症と共に、一緒に生きていこうとしている人がいる背中を見て。

 

 

誰もがコンプレックスはあるものです。それは他人には理解できないことだったりもします。だからこそ、ハンデはハンデではないのかもしれません。

 

 

これからも、同じ悩みを持つ人たちのためにと日々成長し続けるけんごさんはこれからも前を向いて走りつづけていくことでしょう。

 

 

 ==========================

けんごさんのツイッターはこちら 

けんご (@janty1126) on Twitter